2007年07月31日

マスタークロック比較。

ここしばらくいろいろ検証していたのです。
現在僕が使えるクロックは3種類。

896HD内臓:
なんつーか、宅録っぽい雑味感満点。
レンジは狭いし濁ってるしあんまり好きくないけど、
EQで無理やりレンジ感を広げた感じは嫌いではない。
でも結局べたっとするからやっぱり嫌い。

GRACE DESIN LUNATEC V3:
現在のメイン。
GRACE DESIGNのサウンドまんまのイメージで、
超ワイドレンジで中域は薄めで乾いている。
そのぶん縦の分離はものすごくよい。
昔ながらのミッドレンジを求めると厳しいが、
その辺は録り、mix、マスタリングで
その方向に煮詰めて行けばよいでしょう。
GFLの音源にはばっちりぴったり。
なった音をそのまんま、可聴範囲の枠の中に
きれ〜いに収めてくれる感じなので、
「その瞬間の記録」としては非常に優秀。

t.c.electronic FINALIZER96K:
GRACEと比較すると中域の情報量がかなり多い。
しかし締まりはあんまりなく、
ベースのリリースが長く聞こえる。
ぱっと聞きは太いのだが、
GFL音源を再生するとグルーヴしなくなる。
全部の音価が長く聞こえるので、
リズムがぶよぶよになっちゃうんだよね。
楽曲や再生装置にもよるかもしれないが、
うーん。


結局今までどおり、
GRACE DESIGNのクロックを使うことにしました。
中域の厚みにはちょっと物足りなさを感じるのだが、
リズムが弱くなることのほうがよほど致命的なので、
そこはなにか別の方法で補うとしよう。

GRACE DESIGNのV3はとても優秀なのだが、
マイクプリとしては既にそれほど興味ないのです。
しかし比べてみるとやっぱりこの解像度は捨てがたい。
しかもクロックもそこそこ優秀みたいだし、
つくづくよくできた機械だなぁ。

apogeeのマスタークロックとか、
試してみたい今日この頃。
誰か貸してくれないかしら。
posted by たー at 11:03| Comment(0) | TrackBack(1) | つれづれ音楽考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月11日

言葉たらず

声がいいとか悪いとか、
曲がいいとか悪いとか、
ルックスがいいとか悪いとか、
本当に本当のところはそういうことじゃないんだろうな。

「僕とキミはなんで友達やってるんだろう?」

あるアーティストの音楽が好きになる理由を考えるのは、
そんなようなもんなんだろう。

言葉にしなきゃいけないのは、
言葉で人に伝えなきゃいけないときだけ。
言葉じゃ表現しきれないと思ったら、
言葉にしなくたっていい。
言葉にできないっていうのはとても自然なことなんだ。


忙しい毎日。
ちょっとだけ時間を作って、
僕らの友達に会いに行こう。
posted by たー at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれ音楽考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

エンジニアとプロデューサー

友達の音楽活動をみてて、いろんな意味で
腕のいいプロデューサーの必要性を感じる今日この頃です。

当たり前といっては当たり前なんだけど、
基本的には自分たちの活動の方針やなんかを自分たちで決める、
いわゆる「セルフプロデュース」で活動してるバンドが多い。
それはもちろん金がないから。
大物で優秀なプロデューサーに目を付けてもらえればそれが一番だが、
なかなかそういう運も、実力も持ち合わせてはいないものだ。

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posted by たー at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれ音楽考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月27日

「音を出す」のは大変だ

演奏中のすべての瞬間に、
ベストなリズムとベストなトーンで楽器を鳴らす。
「その瞬間」は過去にも未来にもなく、「その瞬間」しか存在しない。
その一瞬一瞬に真剣に向き合って取り組もうとすると、
それはそれはものすごい精神力を消耗するわけですが、
ギターもベースもドラムも、とりあえずはぶったたけば音が出ちゃうんです。

ここが、よい演奏を志す上での、一番の難関かもしれない。
どんなふうに弾こうとも、なんかしら音は出てしまうのだ。
つまり、楽器演奏者である僕らには「音を出す」という行動をとるにあたって、
「鳴らしたいときに任意の音程を鳴らす」自由が与えられているわけだ。
しかしこの「自由」というのがくせもの。
この状態でよい演奏をしようと思った場合、
「限りなく自由な選択肢の中から、
 最も有効な選択をすべての音について強いられている」
という状況が生まれてしまう。
そのうえ、音質についても同様な選択を常にしなければならない。
これはしんどい。
演奏のクオリティを高くしようとすればするほど、
「とりあえず音は出る」状況がモンダイになってくるのだ。

ビートマニアのように「このタイミングはGOOD」みたいな、
ある程度の基準(当然自由は奪われる)があれば、
腕が未熟だとしても自分のレベルがわかる。
漠然と音を出していても、最終的な点数で判断がつく。
でも実際に演奏する場合、自由ゆえに正解はない。
自分で考えない限り、その演奏がGOODなのかどうなのか知る術はないのだ。

なので、とにかく自分で考えようとしてみる。
そうなると今度は「今の自分の演奏は果たしてよいものだったのか」という判断を、
(ある程度)自分の責任でしなければならない。
その演奏が「世界にすでに存在する音楽と比べて素晴らしいものであったかどうか」
というのは、
当然のことながら「世界の音楽のレベル」をよく知らないと判断できない。
(そのためにはいろんな音楽をどんどん聞いて吸収しなきゃいけない)

んで、そういう勉強がしっかりできて、
ある程度的確な判断が自分で下せるようになったとしよう。
そうなると、ほとんどの人は世界レベルとは程遠い演奏しかできてないはずだ。
そりゃそうだ。そんなに簡単なわけがない。もちろん僕もそうだ。
そこで初めて、「ああ、このままじゃ駄目なんだ」と身にしみて思う。
自分をものすごく気持ちよくさせてくれるような演奏ができる人が世の中にはいて、
自分もその人たちと同じ次元の演奏ができたらどんなに楽しいだろう、
と考えると、やっぱり現状のままではどうにもならんなぁ、と思う。

ここまできて、やっとスタートライン。
自分が鳴らしたいイメージと違う音しか出てない現状にへこんだりとか、
イメージ通りなのにまわりから「全然駄目」といわれてへこんだりとか。
自分の演奏が悪い場合もあるし、自分の楽器の性能が足りない場合もあるし、
他のメンバーの演奏が悪かったり音が悪かったりっていうのもある。

でもそれもこれも、
「どんな音が鳴らしたいか」が明確にあればこそ判断できるというもの。
鳴らしたくない音を鳴らしてても演奏が楽しくなるわけもないので、
自分がもっともっと音楽を、演奏を楽しむためには、
鳴らしたくない音を鳴らしてる暇なんかはないのだ。

叩けば簡単に音が出てしまうものを使って、
鳴らすべき音だけを鳴らすべきタイミングで鳴らす。
楽曲の中のすべての音でそれを実行するのはとても大変なことだけど、
それでも、すべてはそこを目指すことから始まる。

ひとつの音を出すのにどれだけのエネルギー(精神力)が使えるか、
というのは演奏のクオリティに直接影響するよなぁ、と思う今日この頃です。
1曲演奏が終わったときに少しも疲れてないようではいかんと思ふ。

でも、完全に演奏に入っちゃうともう自分じゃ弾かないので、
逆に全然疲れないかもな。
わかんないけど。


うーん、まだまだだぜ。
posted by たー at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれ音楽考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月22日

勘違い

僕らが、貴重な時間と金を使ってまで
ライブハウスに足を運ぶのは、
あなたがたの生活や利益のためではないのだ。
posted by たー at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれ音楽考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月26日

つれづれ音楽論 その10くらい?

朝までリハやってて一旦帰ってお仕事であります。

だんだんとPAのコツがつかめてきたわたくしですが、
ま 正直いって実際の出音がしっかりしてれば、
PAの仕事なんぞフェーダー上げてパン振るくらいのもんですな。
これはレコーディングでも同じことがいえます。
3月18日の日記にもつながる話なんですが、
ライブだろうがレコーディングだろうが、
全員が良い音(アンサンブルの中での自分の役割と音量をしっかり意識し、
収まるべきところに収まるように演奏された音)を鳴らしてくれれば、
もうそれだけで形になっちゃう。
そういう音というのはマイクもしっかりと鳴らしてくれます。
その結果作られた良い信号はどんなシステムを通ろうともしっかり残り、
モニタースピーカーからも聞きやすい音として出てくるのです。

ライブハウスで「自分の音が聞こえない」場合、
はっきりいってそれはぜーんぶ自分の責任です。
そもそも、返しの音量を馬鹿みたいに上げなきゃ聞こえないような
音を鳴らしてるのが悪いのだ。

レンジが広く密度が高い音は「抜ける」。
 ↓
「抜ける」音は音量を上げなくてもちゃんと聞こえる。
 ↓
聞こえなきゃいけない部分が無理せず聞こえるということは、
必要ない部分を無駄に増幅しないで済むので、
なおさらに聞きやすい音になる。
 ↓
各パートがそういう音を鳴らせば、
その分中音全体の音量が下げられる。
 ↓
なおさら聞きやすい。

よいモニター環境というのはPAに頼るものではなく、
自分達の工夫、努力、演奏技術、音作りによって「作る」ものです。
モニターに文句つける暇があったらよい音を鳴らす努力をするべきだ。
これは、よりよい演奏のためになにがなんでも必要なことです。
そのためには良い楽器を手に入れる必要があります。

というわけで、
僕は「楽器に投資できない人は演奏者としての素質がない」とさえ思ってます。
マジです。

うーん、今日はここに辿り着いたか。
なるほどなるほど。
posted by たー at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれ音楽考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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